映画『聲の形』はひどいって本当?川井が心底気持ち悪い?原作との違いは?

映画『聲の形』はひどいって本当?川井が心底気持ち悪い?原作との違いは?

2013年からマガジンで連載が始まり、瞬く間に話題作となった『聲の形』。その後2016年には映画『聲の形』が公開されました。ただ映画『聲の形』を実際に視聴した方からは「ひどい」といった声が続出しているようです。なぜ映画『聲の形』がひどいといわれているのか、本記事ではその理由に迫っていきたいと思います。

目次

映画『聲の形』はひどい?ひどいと言われる理由は?

映画『聲の形』がひどいと言われているようですが、本当にそのような声が上がっているのでしょうか。気になって実際にSNS上で視聴した方の声を調べてみると、下記のような意見が散見されていました。

確かに映画『聲の形』がひどいという意見も少なくないようですね。世間一般的にはかなり評価の高い作品として認知されている映画『聲の形』だけに、なぜこのようなひどいという声が寄せられているのか気になりますよね。そこでここからは映画『聲の形』がひどいといわれる主な3つの理由を掘り下げて紹介していきたいと思います。

①いじめの描写があまりにも生々しすぎる

映画『聲の形』は聴覚障害の女の子・西宮とその女の子をイジメていた男の子・石田が高校生になって再会した場面から始まります。ただそんな物語の序盤は小学生時代の二人を中心とした様子が描かれており、かなり生々しいほどのいじめの様子が鮮明に映像化されていました。特に小学生世代の陰湿なイジメやクラスの空気感などの解像度が高すぎるあまり、映画『聲の形』のシーンを見て「ひどい」といった感想を持ってしまうようです。

確かに映画『聲の形』の序盤で流れるイジメのシーンは胸が痛くなるような場面ばかりです。ただ、そういったシーンがより物語に深みを持たせてくれることに変わりはなく、良くも悪くも映画『聲の形』の特色と言わざるを得ないでしょう。

②登場人物の殆どが闇を抱えている

映画『聲の形』ではヒロインの西宮と主人公の石田を中心に、かなり多くの登場人物が登場します。ただその登場人物の殆どが心に闇を抱えており、そして小学生時代に西宮に対するイジメ行為に加担していた人間ばかりです。ヒロインの西宮と主人公の友人である永束以外の登場人物は全員クズだという極端な意見がSNSでは飛び交うほど、全体的に物語の雰囲気が重く、また見ていて気持ちが晴れるようなシーンは殆どありません。

こうした登場人物たちの心境や言動がある意味リアルではあると評価する声も少なくはありませんが、その反面見ていて気分が悪くないという意見も多いのが現実です。実際に映画『聲の形』を見てあまりに感情移入ができない登場人物ばかりに「ひどい」といった感想を持った方も少なくないと言えるのではないでしょうか。

③イジメられた側とイジメた側の関係性

映画『聲の形』はイジメをテーマとした物語で、イジメられて転校した西宮とその後イジメの主犯だった石田がイジメられる立場になり、高校生で再会するという物語でした。過去の自分のおこないを反省して、西宮に覚えた手話を通じて謝った石田は、その後西宮と良好な関係を構築していきます。ただあくまでフィクションではありますが、こうしたイジメられた側とイジメた側が仲良くなることに対して視聴者からの不満が多く寄せられているようです。確かに実際は二人のように大人になって関係が構築できるようなケースというのはあまり考えづらいですよね。こういった映画『聲の形』の俗にいう「ご都合主義」な展開を見て、あまりに虫が良すぎる話として「ひどい」と感じた方も多いようです。

映画『聲の形』の川井に批判が殺到

ここまで映画『聲の形』がひどいといわれる理由について紹介しましたが、その一方で登場人物の一人である川井に対しての批判は凄まじいものがあり、地上波で放送される時はXで「#川井を許すな」というタグがトレンド入りするほどです。ではなぜ視聴者がここまで川井に対して嫌悪感を抱いているのでしょうか。

その理由は、他の登場人物と比べて終始川井は偽善的な態度をとり続けていたことが挙げられます。イジメられている時は傍観者として見て見ぬ振りをし、イジメが表沙汰になると石田だけを一方的に責め立てており、そういった自分の保身ばかりを優先する言動に視聴者の多くが怒りを覚えたようです。実際他の登場人物と比べて最後までそのスタンスが変わることはなく、成長が感じられなかった面も批判が殺到した理由と言えるでしょう。

映画版の川井は掘り下げが浅かった

映画『聲の形』ではバッシングを受けた川井ですが、実は原作版ではもっと彼女をより深く掘り下げており、彼女の苦悩や葛藤などが正確に描かれていました。残念ながら映画ではおそらく尺の都合上でカットされており、結果としてかなり視聴者からは嫌われてしまいましたが、原作で描かれたシーンを見ると少しは印象は変わるのではないかなと思います。ですので是非気になった方は原作の「聲の形」もチェックしてみてはいかがでしょうか。きっと映画版の登場人物への印象が大きく変わるはずです。

映画版の『聲の形』と原作に違いはある?

最後に映画『聲の形』と原作版の違いについて紹介します。映画『聲の形』と原作とではそこまで違いはないものの、原作版では映画で描かれなかったラストシーンが細かく描かれています。

高校卒業後に石田は実家の理容室を継ぐために理容師を、西宮は夢だった美容師を目指してそれぞれの進路を選びます。そして20歳になって成人式を終えた後、二人は小学校の同窓会会場に足を運んでいました。同窓会の会場で二人は手を繋いで、意を消して扉を開ける、といったシーンで幕を閉じました。

ラストシーンのように映画『聲の形』では描ききれなかったシーンが原作ではかなり多く登場するので、より物語を深く楽しみたい方は原作版を読むこともおすすめします。

まとめ

今回の記事では映画『聲の形』がひどいと言われる理由について紹介しましたがいかがでしたか。映画『聲の形』がひどいといわれる理由は様々ですが、全体的に作品の評価は高く、多くの人を感動させた作品として認知されています。ただ好き嫌いを選ぶ作品ではあるので、そういった極端な作風が評価を分けてしまったのかもしれませんね。

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